旧東海道53次(京都三条大橋~東京日本橋)サイクリング

1)前書き

 平時はポタリングが主流であるため旧東海道を自転車で走破したいという長年の願望を体力がある内にと、本年遂に行動に移すことにした。計画は2年前から立てていたのであるが諸般の事情で延期していた。
100Km/日以下のペースの予定で京都三条大橋をスタートして東京日本橋まで6日間で駆け抜けるつもりであったが四日目で昼から雨が降ったため結局7日間となった。

 使用する自転車はきついと言われている鈴鹿峠、宇津ノ谷峠、箱根峠があるため変速段数(3x8=24段)の多いクロスバイクを利用することにした。
この時期を選んだのは気候が良く、軽装でいけるのと日照時間も長いため少々道に迷っても夜間走行を避けることができるためで1週間前から天気予報をチェックしながら出発日を決定した。

 下調べは各自治体で発行している旧東海道地図の入手とネット検索である。購入した東海道53次の本とネットの地図を照らし合わせてルートを確認、曲がる個所の交差点の名前を記入していく。
刊行物:「決定版 東海道53次ガイド」 講談社 743円 自治体:滋賀県文化振興事業団、横浜国道事務所 ネット:さすが静岡東海道マップ

 手荷物はライト、工具類、チューブ予備、ワイヤー鍵などはサドルバッグに入れ、輪行袋はボトルケージに装着。下調べした資料と 薬、雨具、スマフォ用バッテリーなどをディバック(30リッター)に入れ、背負っていくことにした。着替えは泊まったホテルで洗濯するつもりで4日分のパンツとサイクリングウェアを2セットと極力軽くした。飲み物は自販機で適宜。

 走行記録は登山で使用していたスマホアプリの「山旅ロガー」と「地図ロイド」のセットでサイクルモードで使用。

 帰りは新幹線で輪行。ビールを飲みながら楽ちん帰路。

予定日程 2016年

 日時  行程  公称距離
 4月18日(月)  京三条大橋(京都市)~亀山宿(亀山市)  84.5Km
 4月19日(火)  亀山宿(亀山市)~岡崎宿(岡崎市)  94.2Km
 4月20日(水)  岡崎宿(岡崎市)~掛川宿(掛川市)  94.7Km
 4月21日(木)  掛川宿(掛川市)~吉原宿(富士市)  85.6Km
 4月22日(金)  吉原宿(富士市)~平塚宿(平塚市)  73.7Km
 4月23日(日)  平塚宿(平塚市)~江戸日本橋(東京都)  62.8Km
合計   495.5Km

2)後書き

  1.  一日の走行距離は100Km未満と計画していたが、実際の100Km/日のペースでは要所要所で立ち止まる程度でゆっくり観光する時間は取れなかった。予定通り走れるか不安であったので宿は到着後、現地で手配することにした。毎日連続して走行できるか心配していたが足の疲れとお尻の痛みは何とか持ち応えることができた。案ずるより産むが易し。
  2.  地区によっては旧東海道の案内標識が設置され判りやすいとこともあったが多くは肝心な曲がり箇所に案内が無い所が多く、おまけにわざわざ曲折している街道もあり、速度が速い自転車では道を見逃すことが多く、頻繁に道を失った。やはり旧東海道はゆっくり歩いて楽しむのが良さそうである。実際に旧東海道を歩いている人達に多数出会ったが日にちを開けて歩いていた人達がほとんどで、連続で旅している人もいるが人数は少ない。
  3.  歩いている人達はほとんどが日本橋から西に向かっている人達で私のように逆の三条から日本橋を目指す人はあまり見かけない。サイクリストはほとんど見かけない。
  4.  道に迷った時は年寄りの方に聞くと親切に教えてくれた。特に早朝は児童の見守り隊の人達が街路に立っていたので多いに助かった。若い人に尋ねると旧東海道も知らない人が多い。どうしても道が分からなくなるとスマホで現在位置を確認、または旧国道1号線に入って走行。また鈴鹿と箱根では山道や階段を避けたなど旧東海道は厳密には完全に走破していない。また街道を見失ってしまった所々も通過していない。
  5.  西から行く鈴鹿峠の登りは予想に反して大したことは無かったので呆気なかった(東からの時は大変そう)。日坂は距離は短いが登りはきつい。宇津ノ谷峠は鈴鹿峠と同じで西からは結構楽であった。箱根坂はやっぱり天下の嶮だけのことはある。全体の印象としては京から日本橋に向かう方が楽ちんそうである。
  6.  国道1号線から離れる、合流する時はあらかじめ左に曲がるか、右に曲がるかを確認しておかないと自転車の場合は横断歩道が無い所で道路を渡るのに苦労する。
  7.  食事は各地でおいしいものを食べようかと思っていたのだが探すのも面倒なので安易な道路沿いのコンビニ、ファーストフード店で済ませてしまった。すき家の朝食メニューは安い(220円~)
  8.  宿場町の内、関宿と鳴海宿は保存地区に指定されているだけに古い街並みが残され雰囲気の良い宿場である。個人的にはこの2か所がお勧めである。

実走行日程 2016年

 日時  行程  公称距離  サイクル
メータ距離
 スマホGPS コース地図
 4月18日(月)  京三条大橋(京都市)~亀山宿(亀山市)  84.5Km   101.7Km   96.8Km
 4月19日(火)  亀山宿(亀山市)~岡崎宿(岡崎市)  94.2Km   105.9Km  100.8Km
 4月20日(水)  岡崎宿(岡崎市)~掛川宿(掛川市)  94.7Km   116.9Km  112.3Km
 4月21日(木)  掛川宿(掛川市)~府中宿(静岡市)  46.6Km    54.3Km   53.0Km
 4月22日(金)  府中宿(静岡市)~箱根宿(芦ノ湖)  77.4Km    90.0Km  87.0Km
 4月23日(土)  箱根宿(芦ノ湖)~川崎宿(川崎市)  80.4Km    91.2Km  計測忘れ
 4月24日(日)  川崎宿(川崎市)~江戸日本橋(東京都)  17.7Km    23.0Km  計測忘れ
合計   495.5Km  583.0Km    
注)

費用

交通費 16000円
宿泊費 41500円
食事代 9000円
合計 66500円

3)行程

三条大橋~亀山宿(4月18日)

三条大橋→#53大津宿→#52草津宿→#51石部宿→#50水口宿→#49土山宿→#48坂下宿→#47関宿→#46亀山宿

平日のため通勤客に迷惑をかけないように早朝6時頃の電車に乗って京都駅まで輪行。駅前で自転車を組み立てていざ8:00に出発。さすがに人通りは少ない。高瀬川沿いに進み、三条大橋の弥次喜多の銅像を見て出発。早速、最初の試練の「逢坂の関」の坂を上り、坂を少し下った所で右側にある細い路地に入るがここが分かりにくい分岐である。抜け道になっているのかぎりぎりに狭い道に車が多数入り込んでいる。急な坂を下ると県道143号線に合流してJR線を潜り、左に折れると山科駅となる。名神高速の下を潜り、大津宿手前の国道1号線から国道161号線に入り、「浜大津1丁目」の信号で右に折れて琵琶湖畔沿いに度々曲がって走行。交差点を見逃し賑やかな街中のため少し道を見失って大津駅付近でうろうろする。地元の人に尋ねて広い国道161号線から「浜大津1丁目」の交差点で右に折れて予定ルートに復帰。大津宿(おおつしゅく)の街道に入ることができた。瀬戸の唐橋を渡り、案内板に従い進む。

 Coco1番で昼食をとった後、南草津駅付近の「野路町」の交差点で国道1号線を渡り、次の信号で左に進む。草津宿(くさつしゅく)からぽつりぽつりと雨が降り出し、「大路3丁目」の信号で国道1号線を渡り、県道116号線を走行。しかし曲がるべき所を間違え、117号線に入ってしまいそのまましばらく走行して名神高速道路を潜り更に先まで行ってしまった。途中でおかしいと引き返し、手原駅で本来のルートに合流。おかげで3Km程余分に走ってしまった。石部宿(いしべしゅく)の辺りで本降りになったので民家の軒下でディバッグにカバーとリアフェンダーを装着して様子を見る。幸いにも20分ぐらいで雨が上がり、水溜りを避けながら野洲川の支流を4つ渡り、JR線三雲駅を右に見て国道1号線の横田橋を渡り、三叉路の真ん中の道を進むと後は道なりで水口宿(みなくちしゅく)となる。

 水口宿への途中には右手遠くにきれいな近江富士(三上山)が姿を現している。小坂町の曲がり角にある「力石」を見てからやがて街道の両側に雰囲気のある松並木の中を走っていくと道は3本に分かれているがいずれの道も正解で先方で合流している。土山宿(つちやましゅく)の本陣跡や旅籠に到着。

 いよいよ懸念していた鈴鹿峠である。しかし心配していたほど登りはきつくなく順調に峠を越えることができた。本来の街道はトンネルの手前から右側の山の中に入り、トンネルの先で国道に合流する。下調べでは階段の山道となっているようだったので行くのをパスしてそのまま国道を走ることにした。鈴鹿坂の下りはきつい坂道で東京から来るときは大変そうに思えた。

 下り坂の途中から左の道に入ると坂下宿(さかのしたしゅく)に入る。山間の中、谷川沿いの往時をしのぶ街道を鈴鹿川の支流をいくつか渡りドンドン下って行くと国道1号線に合流する。一里塚跡であり、ここで鈴鹿峠とはおさらばである。

 街道と国道を交互に走行して「市瀬」の信号を過ぎて左の道を進むと「西の追分」の案内が立つ。関宿(せきしゅく)は保存地区に指定されているだけに昔の面影を多く残している雰囲気の良い宿場町である。小野川を渡り、右に折れ、東名高速道路と名阪国道の下を潜り、JR関西本線にぶつかるが反対側に渡る道が無いのでその先の進み方が分からない。通行人に聞くと陸橋を渡らなければならないのでとりあえず、エレベーターに乗って上に上がるが更にその先が良く解らない。うろうろしてようやく反対側に下りることができた。この辺りから亀山宿(かめやましゅく)となる。

 街道から外れ、南に少し下って亀山駅の近くのビジネスホテルに17:00にチェックイン(素泊まり5200円)して本日の走行を終了する。コンビニで缶ビール(500ccx2)とつまみの醤油唐揚げを購入して疲れをいやした後、近くにある「はま寿司」で夕食をとる。ホテルでは風呂を浴びた後、汗をかいた衣服を洗濯してから眠りに入る。本日はかなり道を間違った。
京都三条大橋西側→ 右手にある小さな路地に入る→ 山科→ 平野神社前の大津宿街道→
瀬田の唐橋→ 草津本陣→ 間ノ宿の「一里塚」→ 左に近江富士(三上山)→
石部宿にある田楽茶屋前で→ 水口宿の「一里塚」→ 水口宿の「力石」→ 土山宿手前の松林街道→
土山宿本陣跡→ 旧道は国道1号線から山の中へ→ 鈴鹿峠の西側トンネル→ 坂下宿手前にある旧小学校→
坂下宿→ 右の国道と左の街道の分岐→ 関宿の西の追分→ 良く管理された関宿街道→

亀山宿~岡崎宿(4月19日)

#46亀山宿→#45庄野宿→#44石薬師宿→#43四日市宿→#42桑名宿→#41宮宿→#40鳴海宿→#39知立宿→#38岡崎宿

 本日は天気は良さそうである。7時にホテルを出発して北に上がり旧街道に合流しようとしたが道を失い早速迷子になる。

 及川原町交差点で国道1号線に出会い、すぐに左の道に進むと庄野宿(しょうのしゅく)であるが簡単に走り過ぎ、「庄野町北」の交差点で国道1号線に合流してそのまま進む。

 石薬師宿(いしやくししゅく)で小沢本陣跡を確認して国道を道なりに走る。 「日永の追分」で東京から歩いて12日目という一人旅の女性に出会う。旧東海道を歩いている人は格好でわかる。大体、地図を片手に傘を持っている。

 左に近鉄四日市駅、右手にJR四日市がある大通りを横切るとアーケード商店街に入り抜けると右手に諏訪神社が現れる。この辺りが四日市宿(よっかいちしゅく)の中心地である。トイレ休憩を兼ねて少し見学して出発。

 桑名宿(くわなしゅく)を出てすぐに長良川で「七里(しちり)の渡し」となる。かつてはここから渡し船で熱田まで渡っていた所である。確かに目の前に2つの大きな川(揖斐川(いびがわ)、木曽川)が横たわっているので船でしか手段はなさそうである。少し上流にある国道の伊勢大橋、尾張大橋を渡る。昼食はかつ屋でとんかつの昼食を食する。

 鳴海宿(なるみしゅく)と知立宿(ちりゅうしゅく)の間の「有松の街道」では塗籠造りの絞問屋の小塚家、岡家、武田家、服部家などの江戸時代に回帰する住宅がたくさんある。

 岡崎では候補に挙げていたホテルは満室(ここでも中国人で一杯)だったので紹介してもらった近くのビジネス宿に17:00にチェックインする。宿泊費は今回の旅で一番安い素泊まりで3400円であったがそれなりの部屋であった。夜には急遽連絡していた知人宅にお呼ばして歓待を受ける。娘さんに中岡崎駅まで送ってもらい宿に帰る。おまけに翌日には迷い易い27曲りから藤川宿まで案内して頂く。本当にお世話になりました。
亀山宿を出発→ 庄野宿本陣跡→ 石薬師宿の小澤本陣跡→ 四日市宿に下る杖衝坂→
「日永の追分」→ 四日市宿の鈴木製薬所跡→ 商店街を抜けると諏訪神社へ→ 四日市のコンビナートが見えてくる→
四日市宿にある「かわらずの松」→ 町屋川にある「伊勢両宮常夜灯」→ 火の見櫓 「矢田立場跡」→ 桑名宿の「七里の渡し跡」→
揖斐川、木曽川を渡る→ 宮宿の「笠寺一里塚」→ 標識だけの鳴海宿の本陣跡→ 知立の松林街道→

岡崎宿~掛川宿(4月20日)

#38岡崎宿→#37藤川宿→#36赤坂宿→#35御油宿→#34吉田宿→#33二川宿→#32白須賀宿→#31新居宿→#30舞阪宿→#29浜松宿→#28見付宿→#27袋井宿→#26掛川宿

 本日も良い天気である。中岡崎駅近くのコンビニでチャーハンで朝食をとり、朝6時に知人と中岡崎駅で待ち合わせ案内をお願いをして出発。岡崎宿(おかざきしゅく)の27曲りは名前からしてちまちました路地裏道かなと思っていたが意外に大きな車道でありあちこちに道標が立っていたがそれでも道に迷ってしまう。

 広重の浮世絵で有名な「西棒鼻跡」を通過し、江戸時代の門が残る藤川宿(ふじかわしゅく)の「脇本陣跡」を見学、広場の北側(本陣裏手)には本陣の石垣が残っており、「むらさき麦」など色々な種類の麦が植えられていた。「東棒鼻」で案内してくれた知人とお別れした。ここからはしばらく本宿町沢渡の交差点まで国道1号線を走行し、右側の街道に入るがすぐにまた国道に合流して走行することになる。「関屋」交差点で右の街道に入り、赤坂宿(あかさかしゅく)となる。

 赤坂宿は住宅街の中にあり、2階建ての面影を残す旅籠の大橋屋がある。結構長い御油ノ松並木道を抜けると御油宿(ごゆしゅく)となる。「国府町藪下」の信号で国道1号線に合流して名鉄の線路を渡り、「白鳥5丁目西」の交差点で国道を離れ右の県道496号道に入って行く。県道385号線入り河口で多くの人が貝を取っているのを眺めながら豊川の豊橋を渡っていく。3回直角に曲がり、「吉田宿(よしだしゅく)となる。国道1号線に合流。一里塚で国道を離れ、マクドナルドがある殿田橋の信号の手前で左の街道に入って行く。

 火打坂を下り、田んぼの中を進むと仁川駅に到着。駅前から街道筋となっており、ここから仁川宿(ふたがわしゅく)の街道となる。小さい宿場町であるが結構管理されていて本陣資料館もある。間口が狭く奥行の長い建物が多い。JRの踏切を渡り、新幹線のガード下を潜りと国道1号線に合流して周りが田んぼの中を走って行く。

 「一里山東」の交差点で左に曲がり、白須賀宿(しらすかしゅく)に到着。塩見坂の上に歴史文化を紹介する展示場を併設した無料休憩所(おんやど白須賀)が有りお茶が自由に飲める。一旦休憩し展示物を見学。

 白須賀中学校の右横を通過してに見てから国道42号線(次に国道1号線に代わる)と遠州灘を右に見ながら併行に走って行くと「橋本西」の信号で国道1号線に合流して走行。次の「橋本」の交差点で左に曲がらなければならないのにそのまま国道を走ってしまったため新居宿(あらいしゅく)は見逃してしまった。

 JR東海道線と新幹線に出会うと浜名湖である。新居町駅前を通過して風に押されながら橋を3回渡ると舞阪宿(まいさかしゅく)となるが逆方向に戻らないとならないのでここもパスして前に進む。「新町」の交差点で松並木がある左の道を進み、県道49号線を道なりに軽快に走って行く。国道257号線に合流して新幹線の下を潜り、東海道線を渡る。浜松宿(はままつしゅく)も碑があるだけで簡単に通過し、「連尺」の交差点で右に曲がり、国道152号線となる。

 天竜川を渡り、県道261号線を磐田駅前で左に折れ、、県道56号線に入り、北上する。ここで国道1号線のすぐ北で右に曲がらなければならない所を磐田バイパス(高速道路)を超えて曲がると勘違いして6Km程無駄に走行してしまう。畑仕事をしている女性に道を尋ねようやく街道筋に到着して見付宿(みつけしゅく)に入る。30分程ロスする。

 袋井宿街道にも袋井駅を過ぎた辺りから松並木が続いている。袋井バイパスで原野谷川を渡り、すぐに左の県道253号線に入る。次に東名高速を潜り、「大池橋」の交差点で県道415号線に入らなければいけないのに、手前の「鳥居町」の交差点で右に曲がってしまう。「二瀬川」の信号の南側で本来の街道に合流して右の県道37号線に入る

 掛川駅前のホテルに16:45にチェックイン(素泊まり5565円)する。
元祖八丁味噌の会社→ 27曲りの西側起点→ 27曲りの案内標識→ 「大平一里塚」→
 
藤川宿への松並木→ 藤川宿の「脇本陣跡」→ 赤坂宿にある旅籠 「大橋屋」→ 御油宿西側の「御油ノ松並木」→
吉田宿近くの豊川の河口での貝採り→ 二川宿の「高札場」→ 二川宿の路地→ 白須賀宿 案内柱、板→
新居宿を過ぎ、浜名湖へ→ 雰囲気のある舞阪宿街道→ 見付宿→ 袋井宿の「秋葉山常夜灯」→

掛川宿~府中宿(4月21日)

#26掛川宿→#25日坂宿→#24金谷宿→#23島田宿→#22藤枝宿→#21岡部宿→#20丸子宿→#19府中宿

 少し曇り空の中、6:20にホテルを出発する。旧国道1号線沿いのコンビニでパンと牛乳を購入して前で朝食をとる。

 日坂宿(にっさかしゅく)から金谷宿(かなやしゅく)までは急な上り坂であるがまだスタートして間もないので体力は残っており時々休憩を入れ、自転車を押さずに何とか登り切り、下りの急坂では途中に「夜泣き石」の案内があったのであるが勢いついてドンドン下ってしまいそのまま通り過ごしてしまった。下りきった後で児童の交通見守りの女性に次のルートについて尋ねる。

 岡部宿(おかべしゅく)を出てから先を急ぐために本来の街道を進むと階段道があるため宇津ノ谷峠(うつのやとうげ)は国道1号線を走行。

 国道から左の道を採り、丸子橋を渡ると丸子宿(鞠子 まりこしゅく)である。

 「七県町」(ひちけんちょう)は広い道であったが現在は静岡駅北側にある大きな繁華街となっているので街道のイメージは全然無い。。

 昼からは雨になるとの予報だったので走行距離は少ないが静岡で宿泊することにする。静岡駅はさすがに大きな町のため宿がなかなか見つからず、やっと8300円/泊のホテルが見つかる。12:50にチェックイン(素泊まり8300円)したがやはり予報通り、昼から雨になった。時間があるので駅前をぶらぶらして海鮮丼(850円)で遅めの昼食をとり、夜のビールを買い込んでホテルに戻り、風呂に入り、そのまま洗濯をする。
金谷宿「川越し場跡」→ 大井川橋を渡る→ 島田宿本陣跡→ 上青島の「一里塚」→
横内にある案内板で岡部宿へ→ 丸子宿「高札場」→ 安部川橋を渡り府中宿へ→ 府中宿の「上天馬本陣跡」→

府中宿~箱根宿(4月22日)

#19府中宿→#18江尻宿→#17興津宿→#16由比宿→#15蒲原宿→#14吉原宿→#13原宿→#12沼津宿→#11三島宿→#10箱根宿

 朝、これからのコースについてフロントに尋ねたら親切に資料をコピーして手渡してくれた。静岡駅を6:00に出発する。しばらくは旧国道1号線を走行して春日町駅から旧街道に入る。

 興津橋を渡り、北に折れて進んでいくと薩埵峠(さつたとうげ)への案内を右に出てくるが歩きの人用の遊歩道なので自転車の場合は無視してそのまま進み、東名高速の高架下を潜ってすぐに右に折れると薩埵峠への車道となる。案内に従い、道なりに進んで行く(看板があり)。最後のきつい坂を上りきると興津宿(おきつしゅく)と由比宿(ゆいしゅく)との間に位置する薩埵峠に到着。ここからは歌川広重の浮世絵で有名な駿河湾と富士山の景色が眺められると期待していたが残念ながら曇りで顔さえ出していなかった。楽しみの一つが消え去った。由比宿までの道は山の斜面に張り付くように作られており、右に東名高速道路と駿河湾を眺めながら下って行く。斜面には夏みかんが沢山生っている。道端に落ちている一つを拾ってビタミンを補給する。山道を下りきると街道らしくなり、由比本陣跡となるが現在は交流館となっている。

 由比川を渡ってからは「神沢」交差点で旧国道1号線に合流した後、そのまま海岸沿いにしばらく走り

 富士川に架かる富士川橋を渡り始めると今まで雲に隠れていた富士山が上方部だけが姿を現し、ようやく初めて富士山を垣間見ることができた。しかしこれが今回のサイクリングで見た最初で最後の富士山であった。

 

 予定では箱根坂の手前の吉原宿(よしわらしゅく)で宿泊して体力のある内に箱根坂を通過しようと計画していたのだが前日の雨の影響で静岡駅からの出発となったために箱根の手前までで体力を使い果たしていたので箱根坂は途中から自転車を押して歩く羽目になった。少し恥ずかさもあり、下を向いて自転車を押していく。鈴鹿峠同様に山道に入る道は避け、ずーと国道1号線をヨロヨロ登って行く。ようやくの思いで箱根峠をクリアした後、芦ノ湖にある「箱根関所」まで下ってヘトヘトで到着したのであるがこの先の道路事情が分からなかったのと(まだ上り坂があるのではと思って)時間も5時になっていたのでここ箱根駅伝の終点で宿泊することにした。しかし宿は近所には2軒しかなく安い方でも素泊まり(17:30)で11814円(含む入湯税150円)も取られてしまった。しかし良い温泉であったが。近くの酒屋でビールとアイスクリームを買って就寝。
興津宿の脇本陣水口屋→ 薩埵峠への分岐→ 薩埵峠から富士山を眺めるが→ 由比宿街道→
蒲原宿の西木戸茄子屋の辻→ 富士川堤防から富士山を望む→ ようやく富士山が顔を出してくれた→ 吉原宿の依田橋村一里塚→
中内村にある新宿の常夜灯→ 三島神社→ いよいよ箱根西坂へ→ 箱根峠到着→

箱根宿~川崎宿(4月23日)

#10箱根宿→#9小田原宿→#8大磯宿→#7平塚宿→#6藤沢宿→#5戸塚宿→#4保土ヶ谷宿→#3神奈川宿→#2川崎宿

 早朝に「箱根関所」を見物に行く。有料であるがこの時間では誰もいなく、自由に中に入ることができた。近くのコンビニで朝食用にパンと牛乳を買って芦ノ湖畔で食事をしに行った時に2人のサイクリストと出会い、一人は御殿場巡りでもう一人は小田原往復であった。しばらく話をしてから小田原の人には「甘酒茶屋」まで伴走してしてもらうことになった。しばらく登った後、「畑宿入口」の信号で右の道に進み、県道732号線(旧東海道)に入って旧東海道をドンドン下って行く。箱根宿と畑宿の中間地点にある甘酒茶屋で休憩中に出会った結構、歳いった別のサイクリストと談笑する。下りでスピードが出る(Max47Km/H)ため寒さを感じ、ウィンドウブレーカーを着こみ、旧街道の「追込坂」を左に見て、更に下って行く。箱根新道と交差する辺りは九十九折の道であり、ブレーキの利きを心配する。

 箱根西坂の登りのことを考えたら樹木に囲まれ、車の通行量も少なく本当に気持ちの良い下り道である。途中、寄木細工で有名な畑宿を通過、箱根湯本までずーっと下っていくと次から次へとヒルクライムを楽しみに多くのサイクリストが登ってくる。人気のあるコースなのかなぁ。しかしなんで好き好んでしんどい思いをしに来なければならないのだろう。坂を避けて走る私には理解できない。「三枚橋」を渡ると国道1号線に合流するので右に折れる。

 「山崎発電所」前で左の旧街道に入り、箱根登山鉄道を横切り、しばらく線路沿いに進む。JR線路を潜ると小田原宿(おだわらしゅく)である。小田原城を左に見て、しばらくは平塚駅手前までほとんど国道1号線を走行する。大磯宿(おおいそしゅく)は所々に雰囲気の良い松並木が続いている。「古花水橋」交差点を少し越えた所で右に採り、また旧街道に入ると平塚宿(ひらつかしゅく)である。本陣跡や江戸見附を眺めて再び国道1号線に合流する。

 一号線を道なりに進み、辻堂駅の「4ツ谷」交差点で右に折れ、県道44号線に入る。引地川を渡ると県道43号線,国道467号線、遊行寺橋で2段階に折れると藤沢宿(ふじさわしゅく)で、次に県道30号線に入り、藤沢バイパス前で1号線に合流。藤沢駅付近ではまた道に迷う。どうも方向感が違っているようで磁石で確認する。

 「吹上」交差点で右の道を採ると戸塚宿(とつかしゅく)であるがほとんど素通りである。「駅入口」交差点で国道1号線を横切り、「保土ヶ谷1丁目本陣跡」交差点で左に折れると保土ヶ谷宿(ほどがや)である。

 川崎駅前のホテルに17:00にチェックイン(素泊まり7128円)する。しかし電話では電車の音を辛抱してくださいと言われ、何かなと思い手続きを終え部屋に行くが廊下から一旦屋外に出てそこから部屋に入るようになっていた。こんなホテルは初めてである。また自転車は駅前の有料駐輪場に止めてくれと言われ、現場に行くが青空駐輪場で夜中にはどうなるか判らないので愛想の無いフロントに直談判し、部屋に持ち込むことを了承してもらった。JR川崎駅前で今回のサイクリング中に初めて見た「餃子の王将」で夕食をとり、体力を回復させる。夕方から雨が降り出す。
駅伝ゴールと芦ノ湖→ 箱根関所→ 鬱蒼とした箱根街道→ 甘酒茶屋→
畑宿への途中にある追込坂道→ 小田原城→ 右手に有名な江の島、茅ヶ崎が→ 松並木のある大磯宿→
平塚宿の江戸見附跡→ 藤沢宿で遊行寺橋の高札場→ 戸塚宿の日本橋まで8里の標柱→ 保土ヶ谷宿の旧帷子橋跡→
神奈川宿の関門→ 川崎宿手前の市場一里塚→ 川崎宿の街道→ 部屋のドアが屋外にあるホテル→

川崎宿~日本橋(4月24日)

#2川崎宿→#1品川宿→日本橋

 ホテル東横インは素泊まりでも朝食用としてにパンと飲み物(スープ、コーヒーなど)がロビー横に準備されていてタダで食することができた。おかげで愛想の無い受付嬢の対応に気分を損ねていたのが朝食費用が浮いたので気分良くホテルを7:00に後にする。
しかし天気は昨夜から降り始めた雨が朝になっても止まず、合羽とザックカバー、靴にはビニール袋を被せて雨対策を施し、ホテルを出発する。雨のためと見るべき所が無さそうなので旧街道に寄り道せず、ずーっと国道15号線(第一京浜国道)を走行する。

 蒲田辺りで雨が上がり始めたので旧街道を走行することにしたが雨格好のままで走行を続行。。しかし川崎宿(かわさきしゅく)からは東京圏なので旧街道らしさはほとんど無く、街中の商店街をを走行している感じである。品川宿(しながわしゅく)のある品川駅からはJR線を右に見ながら国道15号線の通行量の多い幅広い道をずーっと走行することになる。新橋で高架下を潜り

 遂に日本橋の袂に到着。無事完走で万歳をしたかったのであるが昼休みで多くのサラリーマンが歩いていたのでおとなしく心に叫んでいただけである。記念撮影も頼み辛く、なかなか声を掛けられなかったが観光客の人が親切に写真を撮ってくれた。撮影の後、息子の家まで走行。
新六郷橋で多摩川を渡る→ 鈴ヶ森刑場跡→ 品川宿の品川寺→ 日本橋に到着→

小さく親指を立て記念撮影
 日本橋→ 日本橋の麒麟像の前で→ 帰りは東京駅から新幹線で輪行

4)その他の案内標識

山科への分岐案内標 草津宿の案内地図 電柱上部にある東海道標識 ここで中山道と東海道に別れる
鈴鹿峠の西側にある一里塚 坂下宿の掲げられた案内標識 亀山から庄野宿の案内板 四日市の東海道案内板
桑名宿の町屋橋 案内板地図 知立の案内板と案内地図 27曲りの標柱 御油宿での案内標識
白須賀宿での案内地図 浜松宿での案内地図 丸子宿での案内標識と地図 府中宿での案内地図
薩埵峠への案内板 案内地図 由比宿の案内標識 蒲原宿の案内地図
吉原宿での案内標柱 箱根旧街道地図 山中一里塚標識 箱根 葭原久保の一里塚
藤沢宿の案内地図 保土ヶ谷宿での案内標識 川崎宿の案内地図 品川宿での一里塚

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